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2006.02.28

地域

 特定組織のバックボーン(企業、学校、○○団体 etc.)を持たないアマチュア楽団がお客さんを集めるというのは本当に大変なことだと思う。とにかく、まずは演奏会に足を運んでもらうこと。そして、「次回もまた聴きたい」と思ってもらえることだろう。

 東京には数限りないアマチュア楽団が存在しているし、それどころか、都心のコンサートホールでは毎日のようにプロのオーケストラがコンサートを開催している。

 そこで、キーになるのは「地域」だと思うのだ。電車を乗り継いで○○ホールへ行き、そこで△千円の代金を払って演奏を聴く...のではなく、歩いて行ける近所のホールで、安価に(無料で)、<それなりのレベルの>演奏が聴ければ、後者を選ぶ人は多いのではないか。

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2006.02.27

集客

 昨日聴きに行ったアマチュア吹奏楽団の定期演奏会。お客さんは(途中から増えてきて)300人といったところだろうか(もっと少なかったか?)。おそらく、出演者のクチコミによる集客がメイン。もちろん、楽団としてもそれなりの広報活動はしていることと思う(だから私も聴きに行った)。

 これを1000人にするには、あと700人。それをどうやって実現するか。これは、単なる<広報><宣伝>というレベルの話では不可能で、もっと根本的に楽団のあり方にも関わってくるだろう。

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2006.02.26

演奏会

 朝から雨。普段A吹奏楽団が練習で使っているホールで開催される某アマチュア吹奏楽団の定期演奏会を聴きに行く。

 <ポップス・ステージ>は聴かずに失礼したけど、一番気になった(ストレスが溜まる)のは、(特に曲の最後の)「♪ド・ミ・ソ」のハーモニーがキレイに響かない(ハモらない)こと。一般のお客さんは具体的には意識していないかもしれないけれど、それで随分と印象は違うのではないだろか。

 正直、空模様を見て出かける気は無くしていたのだけど、奥さんも別件で外出すると言うので、意を決して家を出た。やはり、集客において天候というのは重要な要素であると、身を持って感じた次第...。

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2006.02.25

リハ

 「フロレンティナー」の最後のブリッジ部分...明らかに譜面をさらってないよねぇ。前回、初見のときも出来ていなかったような。(一部憤慨していた人もいたけど)まずは、こういう所に団員が問題意識を持たなければダメなのではないだろうか。

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S公会堂

 6月に新装オープン予定のS公会堂での<試奏>。

 リハーサル室→小ホール→大ホールと場所を移動しつつ、<大きな音>(の出る曲)を演奏する。大ホールはやや小さめ、室内楽か古典派あたりのオーケストラがちょうどいいかもしれない。

 新しい、ピカピカのホール。いつの日か、お客さんを前にここで演奏する機会はあるだろうか。

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民音

 定期演奏会のアンコール曲の楽譜を物色に民音へ。

 すると、T吹奏楽団のR氏、M氏も来ていた。彼らも定期演奏会用の楽譜を探しに来たそうで、やたらと懐かしい曲ばかり借りていった。

 せっかくなので近くの喫茶店へ寄って1時間ほど話し込む。まあ、相も変わらずの話題で、「最近の若いモンは曲を知らない!」なんて、昔から同じ事言ってたような。

 私が入団当時から開催されていた地域の<音楽祭>が諸般の事情で無くなってしまったらしい。あればあったで、「めんどくさい」とかブツクサ文句は言うのだけれども、無くなってみると正直寂しい。何事も無くすことは簡単なんだけれど...。

 M氏「今度、楽器を<見せに>(A吹奏楽団に)遊びに行きますよ」

 ○百万円の楽器、見せたい気持ちはよく分かる。

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2006.02.24

しかしながら...(続き)

 「イギリス民謡組曲」が作曲・初演されたのが1923年。出版はその翌年(「海の歌」も)、同じ年にイギリスの作曲家G・ジェイコブ(1895-1984)がオーケストラ用に編曲している。これは3楽章形式。また、「海の歌」については作曲者自身によるオーケストラ版が存在し、その編曲は1942年で随分と後の話。

 作曲者のヴォーン・ウィリアムズ(1872年生まれ)が亡くなったのが1958年、「イギ民」作曲当時といえば、交響曲は第3番(「田園交響曲」)まで発表。有名な「タリスの主題による幻想曲」「揚げひばり」などもすでに作曲していて、作曲家としてそれなりのポジションを築いていたのは確かだろう。

 初演は4曲だった...かもしれない。でも、その直後には3楽章形式でオケ版が出来(これは作曲者自身も承知していたに違いない)、作曲者の生前に3楽章形式で出版され演奏されてきていることからすると、やはりこの曲は3楽章形式の作品であり、「海の歌」を加えて演奏するということは、あくまで一つの<可能性><試み>であると考えるものだろう。そして何より重要なのは、(理屈より)演奏内容そのものだろうし...。

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2006.02.23

イギリス民謡組曲

 RVWの「イギリス民謡組曲」、初演時には第2楽章に行進曲「海の歌」が入っていて4楽章形式だった...らしい。(当然)私は初演に立ち会っていなかったので、あくまで<らしい>としか言い様がないけど。

 私が慣れ親しんだ「イギ民」は3楽章形式、「別に、それでいいのでは」と今でも思ってる。<急−緩−急>と楽章のバランスもいいし、これまで誰も不満は言っていなかった(多分)。

 歴史的経緯とか作曲者の意図とか考え出したらキリがないし、「初演の時こうだったから、こうすベキ!」とも全く思っていない。しかし、「海の歌」が2楽章に入っていたという説(事実?)...これには色んな理由で「それもアリかな」と思える。1つは各曲の調性の問題。もう1つは「海の歌」が単独で演奏するには向いていないように感じることだ。(続く)

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2006.02.20

アンケート

 遅ればせながら、昨年の定期演奏会のアンケートを読むことが出来た。嬉しい応援のメッセージもあり、中には「やっぱり、そう思いました?(ごもっともです)」という意見もあり、「お気持ちは分かりますが、そこは何とか…」というのもあり...でも色々と参考にはなるし、本当にありがたいものです。

 以前所属していたT吹奏楽団でも、アンケートには色々と(散々?)書かれてきたけど、その中で印象に残ってるのが、

 「恥知らず」

というもの(実話)。いや、確かに、そんな立派な演奏ではないかもしれないけど、そこまで言わなくても...。また、「ちゃんと読むように」とわざわざ注意書きが書かれていて、

 「○○パート、ピッチが高い!」

 よほど気になったんでしょうねぇ...。

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2006.02.19

久々に

 久々に家で楽器を吹いた。音が出たので一安心...。

 Flute の場合<伴奏カラオケCD付>楽譜というのが各種出ていて、それに合わせて吹くと、これが結構楽しいのだ。自分自身の、楽器とか音楽に対する向き合い方というのも年を経るにつれて変わってきたのかなぁ、と感じたりもする。

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2006.02.18

リハ

 金管&打楽器の分奏。まずは音楽以前に曲の形を作る段階。「クリスマス・シーン」のクライマックスのサウンドはどうも気に入らない。

 木管の分奏を仕切っていたKさんが終了後練習場に顔を出したけど、テンションやや低め。どんな具合だったんでしょう...。演奏会本番まであと3ヶ月(!?)。

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2006.02.16

S公会堂

 近々新装オープン予定のS公会堂(コンサートホール)での<試演>の依頼がA吹奏楽団に来た。またとない機会なので引き受けることに。

 演奏の内容はともかく、とにかく「<大きな音>を出して欲しい」というのが先方の要求で、何でもホール内での<音>が他の施設(練習室やロビーなど)へどのくらい影響を及ぼすかのチェックを行うらしい。

 このホール、かなり<歴史のある>施設で、都心に今ほどコンサートホールが無かった時代、プロのオーケストラのコンサートも頻繁に行われ、私も何度も足を運んだものだ。また、A吹奏楽団に入団して初めての定期演奏会もこのホールだった。昔から「音響がいい」とはよく言われていたし、JR某駅から徒歩すぐと立地もいいのだが、施設の老朽化というのは相当なもののように感じられた。

 そんなホールがどのように生まれ変わっているのか、とても楽しみだ。

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2006.02.13

家で吹く

 とあるオーケストラのリハーサル。指揮者はある箇所のフルートのソロがどうしても気に入らなくて、何度も何度もやり直し、ようやく満足のいく出来になった。

 指揮者「そう、それでいい。明日の本番もその感じで頼むよ!」
 奏者「分かりました。本番で吹くヤツにちゃんと伝えておきますので」

 これは<笑い話>ではあるけど、アマチュア楽団では結構ありがちな話なのだ。なぜなら、どのパートにも必ず欠席者がいて(これはやむを得ないが)、誰かが<代理で>演奏しているケースがよくあるからだ。

 指揮者「えーと、そこ本番で演奏するのは誰ですか?」
 奏者「○○さんなんですが、彼は今日は家で吹いてます」

 ちなみに<家で吹く>とは某吹奏楽団用語で今日は欠席であるということ(実際に家で吹いているかは不明)。また<目で吹く>とは、ひたすら楽譜を見つめるだけで楽器の音が全く出ていない状態...(ちゃんとさらっておくように)。

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2006.02.11

リハ後

 定期演奏会の曲目について最終決定。

 チラシの原案を見せてもらったが、とってもキレイに良く出来ている。今や、一般人がこういう立派なチラシを作ることが出来る時代になったのだね。

 来週は木管と金管・打楽器に分かれてのセクション練習になった。金管・打楽器は私、木管は「大丈夫でしょーか(汗)」とやや不安気味のKさんにお願いする。

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Yさん

 朝の10時頃、(NTT)電話が鳴った。今や連絡はほとんど携帯電話で行っているので、少なくともこの時間の(NTT)電話は何らかの<勧誘>に間違いない。

 「もしもーし」
 「T吹奏楽団でご一緒だったYですけれど」

 Yさんは、私のT吹奏楽時代の先輩。

 「あ...お、おはようございます」
 「今日、そちら(A吹奏楽団)の練習見に行きたいんだけど、大丈夫かな?」
 「もちろん大丈夫です。お待ちしていますので」

 で、練習にいらしたのだが、楽器は持参しておらず、

 「T吹奏楽団、辞められたんですよね」
 「うーん、何だか自分の吹いてる音が分かんなくなっちゃって」

 結局、ご自分で作曲された曲のスコアとパート譜を置いて、リハの途中で帰られた。Yさん、もう楽器は吹かないのかなぁ...。

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2006.02.10

共有

 私たちの練習は50人もの人間が狭い一つの部屋に集まって行う。そこでの、ある人間の行為(もちろん発する音も)は他の人間に必ず何らかの影響を与えるものである。

 尾篭な例で恐縮だけど、1人が「ぷ〜」と放屁すると他の49人は否応無しにその匂いを嗅がされることになる。ご本人は「すっきりしたー」と晴れ晴れとした気分でも、他の人にとっては(余程の例外を除いて)決して気持ちが良いものではない。互いが気持ち良く活動するには、いろんな面での<気配り>も必要だろうし、それも<アンサンブル>だろう。

 指揮者・ピアニストのアシュケナージは「音楽とは<共有する>ことだ」と言っていたけど、演奏者と聴衆(そして作曲者)が<共有>するためには、まずはステージ上の50人の演奏者が<共有>出来ていなければならない。そして、そのための作業が毎回のリハーサルを含む活動であり、それが出来ていない演奏を聴衆(作曲者)と<共有>することは不可能だろう。

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2006.02.09

伊福部昭氏死去

 作曲家の伊福部昭氏が亡くなられました。

 http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20060208it15.htm

 合掌...。

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...

 映画「ゴジラ」の音楽の作曲者として紹介されることが多い伊福部さんの音楽のベースにあるもの、それは(日本民族としての)<血>ではなかったろうか。

 例えば小山清茂の音楽も一般には<日本的>と感じられるだろうし、おそらく底の底には同じものが流れているに違いない。しかし、着飾っている沢山の装飾品でそれが見え難くなっていたり、色々な(あえて言えば<西欧的な>)ものが混ざり合い、変質してしまっているようにも思える(それはそれで独特の世界を作っていると思うし、好きなのだけれども)。しかし、伊福部さんの音楽に流れる<血>は、混じり気が無く、そしてとてつもなく熱く、それが聴く度に私の心を打つのだ。

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2006.02.07

レプレ

 都響の定期演奏会を聴きにサントリーホールへ。最初の曲がリスト作曲の交響詩「前奏曲(レ・プレリュード)」だった。

 この曲、大学時代に吹奏楽で演奏したことがあり(1音下げた移調版)、そのとき私は Piccolo を担当したのだが、とにかく<つまらなかった>(=練習が苦痛)という印象しか残っていないのだ。目立たないというか、吹き甲斐が無いというか、休みが多いと言うか...この曲を聴く度に、どうもその当時の印象が蘇ってきてしまう。今から思えば、そんな理由で<つまらない>というのもどうかとは思うのだが。

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2006.02.04

リハ

 走る、走る、どこまでも...やはり(この手の)<邦人作品>というのは血が騒ぐものなのだろうか。

 「クリスマス・シーン」(プッチーニ)は、ちょっと気が緩むとバラバラになってしまうけれど、まだまだ先にいろんなものがあるように感じられ、これが音楽の<奥行き>というものだろうか。そして、それゆえに(原曲のオペラが)これだけ多くの人に愛され、<名曲>としてのポジションを築いているのだろう。

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某金管パート

 いろんな楽器を沢山並べて品評会みたいで楽しそう。ああいう楽しみは木管楽器にはないなぁ...。

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上映会中止

 「クリスマス・シーン」の原曲である、オペラ「ラ・ボエーム」(プッチーニ)の第2幕をリハの前にみんなで観ようかとD氏に連絡。(以下はメールのやり取り)

 私「今度の土曜日、みんなでビデオ観たいんですけど、(練習で使ってる)視聴覚室にDVDの設備ありますか?まさか、LDは無いですよね」

 D「あの部屋は古い器材の宝庫で、LDは間違いなく観れます。DVDは常設されているか不明なんですが、プレーヤー自体は館のどこかにあるだろうから、借りられると思います」

 なんとLDがあるとは、さすが区の歴史ある(?)施設...というわけで、我が家の秘蔵LD(重かった)と、念のためDVDも持って練習場へ。すると...

 D「スミマセン!LD故障中だそうです。それと残念ながら、DVDプレイヤーは無いそうです」
 私「...」

 という訳で上映会は中止。またの機会に...。しかし区の「視聴覚室」なんだから、DVDプレイヤーくらいは入れておいてよ。>○○区さん

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2006.02.02

こだわり?

 どうしてわざわざスコアを取り寄せたかというと、今回使用する編曲版のスコアにミス・プリント(写譜の間違い?)と思われる箇所があり、それらは実は些細な部分であるし本質からは離れているとも思うのだが、どうしても気になって確認したいと思ったのだ。

 私は常に<こだわり>を持って音楽をやっていきたいのだ...なんて格好つけたくなるが、「こだわる/こだわり」というのは本来は<ネガティブな>意味を持つ言葉らしい。

 ▽こだわ・る(動ラ五[四])
 (1)心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする。拘泥する。
 (2)普通は軽視されがちなことにまで好みを主張する。
  (三省堂提供「大辞林 第二版」より)

 要は、気になったので(若干の出費をして)調べたと...そういう話です。でも気分的にはスッキリです。

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2006.02.01

スコア届く

 海外のサイトで注文していた「ルイス=アロンソの結婚式」間奏曲(ヒメネス)のオーケストラ・スコアが届いた。

 以前、T吹奏楽団で演奏した<カーリシュニッヒ編曲>版、今度A吹奏楽団で演奏する(予定の)<松代晃明編曲>版、そして原曲、すべて調性(前半、後半で転調)が違っている。

 (1)原曲:「イ短調」→「イ長調(♯×3)」
 (2)カーリシュニッヒ編:「ト短調(♭×2)」→「ト長調(#×1)」
 (3)松代晃明編:「変ロ短調(♭×5)」→「変ロ長調(♭×2)」

 確かに原曲の調性は吹奏楽では演奏し難く、後半の演奏し易さを考えると(3)かもしれないが、鳴りを考えると(2)だろうか...とは言うものの、(2)はオーケストレーションのイメージが原曲とかなり違っているので、選択肢は(3)しかない。まあ、一見(聴)<吹奏楽向き>の曲ではあるのだが、色々ある。

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