« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »

2005.03.30

演奏会

 某高校の吹奏楽部の演奏会を聴きに行った。男子校。「オリジナル」「ポップス」「クラシック」というよくある演奏会構成。残念ながら、事情により第3部は聴くことが出来なかった。

 指揮をされたのは年配の男性。落ち着いた、ごく普通の指導者といった感じの棒。でも素晴らしいのはこの方が40年近くに渡ってこの楽団の指導をされているということで、とてもいい両者の結び付きを感じた。

 演奏は...上手くない(失礼)。でも、それなりに居心地のよい演奏会だった。

 その昔、とある高校の演奏会を聴きに行ったとき、その演奏の酷さに呆れ、客席にいるのが辛くさえ感じたことがある。そのときの演奏会と今日はどこが違うんだろうか。上手くないという所は似たり寄ったりなんだが...。

 漠然となのだけど...そこに「作曲者」「聴衆」がいるかどうか、「独りよがり」「自己満足」の「発表会」になっていないかどうか、その差ではないかと思うのだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.29

トラブル3

 理事(の1人)と話したのだが、彼曰く「そんなつもりで言ったのではないんだけど...」。
 
 でも現実として、彼(理事)の言葉は相手に都合の良いように解釈されてしまって、しかもそれを根拠に相手は自分の行動を正当化しているではないか(議論以前に)。仕事(会社)だったら、下手するととんでもないことになってるかもしれない。

 権限(決定権)を持つ人間の発言は慎重でないと...。


| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.26

リハ

 3月最後のリハ。全体リハの後、サキソフォンだけ居残り練習。本当はホルンも一緒にやる予定でアナウンスもしていたのだけれど、5人出席予定のはずが2人しかリハに現れず...(溜)。

 「ニューイングランド3部作」の第1楽章。先週ボロボロで全く吹けていなかった冒頭のテーマ、テナーとバリトンで、かなりきちんと吹けるようになっていた(拍手)。あと一息。

 で、演奏会本番まであと2ヶ月ちょっと。大丈夫か...ホルン??

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.25

シモノフのコンサート

 シモノフ&モスクワ・フィルのコンサートに行った。チャイコフスキーの第5交響曲と「白鳥の湖」抜粋。さらにアンコール3曲。しかし、この人のコンサートは本当に楽しい。期待を裏切られることはない。

 ただオケは弦はともかく、管はあちこちでポロポロ取りこぼす。もし私たちの楽団で練習中にこんなプレイをしたら、間違いなく白い目で見られてしまうのではないだろうか。指揮者やトレーナーに怒られるかもしれない。しかし、ミスが無ければOKなのか?ミスの有無でその演奏の価値が決まってしまうのか??

 「ミスしてもいい」ということではないが、何か大事なものを横に置いて忘れがちな気もするのだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.24

トラブル2

 あくまで<例え>だけど、こんな事が起きている。

 「団員は団費として毎月3000円払う」というルールがあったとする。しかし、ここにXという団員がいて彼は団費を全く納めない。それを快く思わない別の団員Yが彼にクレームを言ったところ、Xはこう言い返した。

 「自分は生活が苦しくて団費が払えないから退団したいと言った。しかし、楽団の理事に『それでもいいから楽団に残ってくれ』と請われてこの楽団にいる。あんたにそういうことで文句を言われる筋合いは無い。」

 注意したYの方もいい気持ちはしないだろう。Yは理事にこう言う。

 「そういう特例を認めているのなら、きちんとアナウンスしてくれないと困る。そもそもそういう特例を認めるのか?認めるのであれば、自分も生活が苦しいと言えば団費を免除してくれるのか?自分は、それが認められないと認識しているから、少ない生活費から団費を捻出し、他の団員にも『団費は払え』と言っているのだ。認めるのか認めないのか、はっきりしてくれ。」

 あくまで<例え>です。...続く。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.23

トラブル

 ある団員の練習への出席率をめぐって揉め事が起きた。

 例えば、週に1回の練習を行なっている楽団。「毎週の練習に参加できること」が入団の条件となる。これは当然の話で、「演奏会には参加したいので、本番前1ヶ月だけ練習に参加する」、こういう人は少なくとも団員としては認められないはずで、これが全ての基本であると思う。仮にその人がどんなに優秀な奏者であっても。

 その先、どこまでシビアに行なうかはその楽団によるだろう。一定回数以上練習に参加できない人は退団させる所もあるだろうし、ある程度は目をつぶる所もあるだろう。

 団員にとって市民バンドは<本業>ではない。誰にだっていろんな事情がある。従って、私は上記の<基本>を押さえていてくれれば、ある程度は大目に見てもいいと思っている。しかし、それを<基本>と思っていない団員がいたら...それが今回の発端(あくまで<発端>)だ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.19

リハ

 「ニューイングランド3部作」(W・シューマン)、1曲目「喜びあれ、アメリカ」。難曲なのは間違いないけれども、曲の作りはいたってシンプルで、それゆえに力強い。しかし「臨時記号が多い」「音域が高い」等々に目を眩まされて、複雑怪奇な音楽に聞こえてしまう。ユニゾンがユニゾンにならない。ユニゾンという意識もないかもしれない。先は長いか...。

 この曲で大活躍するティンパニを演奏するMさん、GOOD!彼女の演奏がしっかりしているので、本当に心強い。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.17

遭遇

 会社の帰り道、駅前の商店街で、地元の中学校に勤める団員のAさんとバッタリ出会った。

 「明日、卒業式なんですよ。」

 手にお菓子のいっぱい入った大きな袋(おかしのまちおか)を持っていたが、それと卒業式との関係は不明。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.16

ニューイングランド3部作

 「ニューイングランド3部作」(W・シューマン)の吹奏楽版の作曲(編曲)された時期を調べてみると下記のようになっている。

<原曲(オーケストラ)>
「ニューイングランド3部作」(1956)

<吹奏楽版>
「喜びあれ、アメリカ」(1975)
「イエス、涙を流したもうとき」(1958)
「チェスター(バンドのための序曲)」(1956)

 まず、原曲が作曲されたのとほぼ同じくして、終曲のみが拡大されて編曲される。このときは単独で演奏されることを目的に編曲されたのだろう。そのため<序曲>という副題が付けられている。

 次に「イエス…」が(スコアに記載されているように)「チェスター」への導入曲として編曲される。原曲のオーボエとバズーンのソロは(長2度下げて)コルネットとユーフォニアムに置き換えられている。この時点では、2曲を続けて演奏されることを(も)想定している。

 そして最後に「喜びあれ…」がくるのだが、これは3曲中最も複雑な曲であり、難易度も高く楽器編成も他の2曲より大きい。しかし、今ひとつ終結感が薄いために、コンサートでこの曲単独での演奏は難しいようにも感じる。編曲時期は他の曲とは20年近い差があるが、「やはり3曲まとめて吹奏楽で演奏できるように」という意図(依頼?)があったのだろうか。

 かくして吹奏楽版「3部作」が完結するのだけれども、結果として単なる<編曲>ではない、オケ版(原曲)とは全く別の味わいを持った作品となった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.15

問い合わせ

 2週間ほど前の話だが、自称「フリー奏者」からサキソフォンでの入団問い合わせがメールであった。早速パートリーダーのD氏が返事を出してくれたのだが、夜遅くD氏の自宅に電話をしてきて、身の上話や音楽に対する想いなどを、延々熱く<語った>らしい。D氏曰く「一方的に話してましたよ。でも、なんだか酔っ払っていたような...」。

 そして練習を見学に来るという約束をしたらしいのだが...結局練習には現れず(連絡も無かった)、その後D氏から送ったメールにも音沙汰無しだそうだ。んーーー。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.12

リハ

 前半は管楽器と打楽器に分かれての分奏。後半はトゥッティで「チェスター」を中心に。帰宅してからコーポロン&シンシナティ大学のCD(KLAVIER)を聴いてみたのだが、意外とあっさりと演奏していて、ちょっと物足りない感じ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.11

チェスター

 今度の演奏会で取り上げる、W・シューマン作曲「ニューイングランド3部作」。「マニアックだ」と世間は(?)言うけれど、確かに3曲通して演奏される機会は少ないにしても、終曲の「チェスター」は序曲「チェスター」というタイトルで昔は<定番>となっており、頻繁に色んなバンドで演奏されていたものだ。そのためもあり、ある年代よりも上のファンには「懐かしい」曲なのではないだろうか。もちろん私もその世代で、最近の軟派な曲には無い、一本「ピシッ」と芯の通ったところがあり、スコアも「XXのXX」よりも余程よく書けているし、立派な作品だと思う。ただ、それを聴き手に伝えるのはすごく難しいのだけれど...。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.09

無伴奏フルート・ソナタ

 バッハの作品に「無伴奏フルートのためのパルティータ」という曲がある。フルート吹きには<名曲>として知られていて、そのタイトル通り伴奏無しの1本のフルートで演奏される曲だが、これが<吹奏楽>の最小形ではなかろうか。

 (例えば)50人によって演奏される吹奏楽、それと「無伴奏…」を比べたとき、「1」と「50」の違いではない。「1」と「1,2,3,4…49,50」の違いであるべきで、それだけ表現力のパレットを多く持っているはずだ。白黒映画とカラー映画との違い。もちろん、それが作品の<質>とはまた別の次元であることも確かなのだが。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.07

新入団員

 仕事でも何でも同じなのだが、グループ・組織には<核>となる人間が必要だ。その人間、1人がいる/いないで天と地ほどの差が出てしまう。

 で、ようやく弱体パート(失礼)ホルンに<核>となってくれるであろう人間が入団してくれた。これでレベルがまた一つ上がるに違いない。嬉しい限り。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.05

リハ欠席

 家の用事があってリハ欠席。代理でT氏に練習を見てもらう。練習後にメールをもらったが、トランペット奏者だけあって、金管楽器の<音>がかなり気になったようだ。


| コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.02

ポップス

 私は吹奏楽のコンサートで演奏される「ポップス」というのがあまり好きではない。(実は「ポップス」という定義もきわめて不明瞭なのだけれども、とりあえず意を汲んでください)

 要は、単に「客受けを狙って」演奏される場合が多いように感じるのだ。堅苦しいオリジナルやクラシックが続いたから、最後にこれを演奏しておけばお客さんは喜んでくれるだろう...それではあまりにも安易だし、そういう演奏を聴かされても、私は全く楽しめない。もちろん演奏しても楽しくない。

 その曲が「流行っている」「皆が知っている」ということではなく、きちんと「音楽として」取り上げられているかどうかなのだ。故フェネルさんが言っていたように、重要なのは「曲に取り組む姿勢」なのだと思う。

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »